公正証書遺言は、法律の専門家である公証人が関与して作成するため、方式の不備によって無効となる危険性が極めて低く、また、原本が公証役場に保管されるため紛失や改ざんのおそれがないという大きなメリットがあります。
しかし、その作成にあたっては民法第969条が定める厳格な方式を遵守する必要があり、実務上はこれらの要件を巡って有効性が争われるケースも存在します。
1 証人2人以上の立会い
公正証書遺言を作成するには、必ず証人2人以上の立会いが必要です。証人の立会いが求められる理由は、遺言者に人違いがないこと、遺言者が正常な精神状態(遺言能力)を備えていること、そして遺言が他人の強要などではなく本人の真意に基づいて成立したことを証明し、同時に公証人の職権濫用を防止するためです。
◆証人の欠格事由
証人は遺言の客観性を担保する重要な役割を担うため、利害関係を持つ者などは証人になれません(民法第974条)。具体的には以下の者は欠格事由に該当します。
① 未成年者
②推定相続人、受遺者、およびその配偶者ならびに直系血族
③公証人の配偶者、四親等内の親族、書記および雇人
これらの者が証人となって作成された公正証書遺言は、原則として無効となります。なお、遺言執行者は遺言について直接的な財産的利害関係を有するわけではないため、証人になることができるというのが判例の立場です。
◆立会いの継続性
証人は、公正証書作成の手続中、最初から最後まで揃って立ち会っていることが必要です。証人のうち1人が手続の一部で席を外していたような場合は、方式違反として無効となるリスクがあります。ただし、手続が一時中断し、改めて証人が揃った状態で読み聞かせ等が行われて完結した事案では、有効とされた判例もあります。
2 遺言者による趣旨の口授
遺言者が、公証人に対して遺言の趣旨を「口授(くじゅ)」(口頭で述べること)しなければなりません。
◆言語による申述の必要性
「口授」とは言葉を発して申述することです。重病で入院中の遺言者に対して、公証人が遺言の内容を質問し、遺言者が声を出せずにただ「うなずく」だけであったり、肯定や否定の身振りを示しただけという場合は、口授の要件を欠くものとして遺言は無効となります。
◆公証人に対する直接の口授
口授は、直接公証人に対してなされなければなりません。重症の遺言者の言葉が不明瞭であったため、同席していた近親者がその言葉を通訳・説明する形で公証人に伝達して作成された事案において、最高裁は口授の要件を満たさず無効であると判断しています。
◆書面の事前準備と口授の程度
実務上よく問題となるのが、あらかじめ遺言の内容を記したメモや書面を公証人に渡し、それに沿って手続きを進めるケースです。 判例は、遺言物件の詳細などについて覚書を提出して口授を省略することを一部認めています。また、公証人があらかじめ他人から聞いた遺言の趣旨を筆記して書面を作成しておき、当日に遺言者がその書面を見て「その通りである」と答えて作成した場合について、最高裁は「事前に聴取した内容であっても、当日に遺言者が公証人に対して『その書面の内容が自分の遺言の趣旨である』と口頭で陳述し、筆記の正確性を承認した場合は有効である」としています。 ただし、この判例の運用に対しては、他人の強要などによって安易に遺言が作成される危険があるとして、学説からは批判的な意見も根強く存在します。
3 公証人による筆記と読み聞かせ(または閲覧)
公証人は、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者および証人に読み聞かせ、または閲覧させなければなりません。
◆筆記の正確性
公証人が遺言者の口述を一言一句漏らさず速記術のように書き写す必要はなく、遺言の趣旨や真意に沿って筆記すれば足りるとされています。また、公証人自身が直接ペンを執らなくても、公証役場の書記などに機械的に代書させることも有効と解されています。
◆読み聞かせと閲覧
筆記した内容に誤りがないかを遺言者と証人に確認させるためのプロセスです。従来は「読み聞かせ」のみでしたが、法改正により「閲覧(読ませること)」でも可能となり、確認方法の選択肢が広がりました。
4 遺言者および証人の承認・署名・押印
筆記の内容が正確であることを確認(承認)した後、遺言者と2人以上の証人が、各自これに署名し、印を押します。
◆署名と押印
実印である必要はなく認印でも有効と解されています。また、他人に命じて自分の印を押させること(代印)も、本人の面前で即時に行われる限り差し支えないとした判例があります。
◆遺言者が署名できない場合の特例
遺言者が重病や高齢、あるいは手の機能障害などにより自ら署名できない場合には、公証人が「その事由を付記」することによって、遺言者の署名に代えることができます(民法第969条4号但書)。 ただし、この特例が認められるのは、本当に署名が不可能な客観的状態にある場合に限られます。公証人が遺言者の疲労を気遣って安易に自署を制止し、代わって署名したような事案では、要件を満たさず遺言が無効とされるリスクがあります。
5 公証人の付記・署名・押印
最後に、公証人が「この証書は民法第969条第1号から第4号までに掲げる方式に従って作成したものである旨」を証書に付記し、公証人自身が署名・押印することで、公正証書遺言は完成します。この一連の手続きがすべて完了してはじめて、遺言としての法的な効力が発生します。 もし、公証人による筆記と読み聞かせまでは終わったものの、遺言者や証人が署名押印する前に遺言者が死亡してしまった場合、形式的に公正証書が未完成であるとして、原則として遺言の効力は否定されます。
6 口がきけない者、耳が聞こえない者の公正証書遺言
かつては「口授」という音声による伝達が絶対要件であったため、言語機能や聴覚機能に障害がある方は公正証書遺言を作成できないとされていました。 しかし、民法改正によって、現在では以下のような方法で作成が可能となっています。
◆口がきけない場合
口頭での「口授」に代えて、「通訳人の通訳」による申述、または遺言者自身の「自書(筆談)」によって遺言の趣旨を公証人に伝えることができます。
◆耳が聞こえない場合
公証人からの「読み聞かせ」に代えて、筆記した内容を「通訳人の通訳」によって遺言者に伝えること、または筆記内容を遺言者に「閲覧」させることによって、内容の確認を行うことができます。
手話通訳士などの専門家を交えることで、障害を持つ方でも安全に公正証書遺言を作成できる環境が整えられています。
公正証書遺言は、証人の確保や公証人に対する手数料が必要となるなど、自筆証書遺言に比べて時間と手間がかかります。しかし、法的な専門家が関与することで、方式違反による無効リスクを排除でき、内容の不明確さから生じる相続人間のトラブル(争族)を未然に防ぐことができる最も確実な方法です。