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【門前仲町 弁護士解説】「兄だけ生前に援助を受けて不公平だ」— 相続人間の実質的公平を実現する「特別受益」制度の徹底解説
福永法律事務所(門前仲町) 弁護士福永悦史執筆
はじめに:相続における「公平」とは何か
「父が亡くなり遺産分割協議が始まったが、長男である兄は、大学の学費だけでなく、結婚時の持参金、住宅購入の頭金まで父から多額の援助を受けていた。それなのに、私たち他の兄弟と法定相続分どおりに遺産を分けるのは、どうしても納得がいかない。」
故人(被相続人)が特定の相続人に対してのみ、生前に多額の資金援助を行っていた場合、残された他の相続人が不満を抱くのは当然のことです。
このような相続人間の実質的な不公平を是正するために、民法には「特別受益」(民放903条)という制度が設けられています。これは、特定の相続人が被相続人から受けた特別な利益を「相続財産の前渡し」とみなし、その分を計算上、相続財産に加算して各相続人の具体的な取得分を算定する仕組みです。
この制度を正しく理解し、適切に主張することで、形式的な公平ではなく、実質的な公平に基づいた遺産分割を実現することが可能になります。しかし、どのような贈与が「特別」とみなされるのか、いつの時点の価値で評価するのか、いつまで遡って主張できるのか、といった論点は非常に専門的であり、しばしば相続紛争の中心的な争点となります。
本稿では、福永法律事務所の弁護士が、この「特別受益」という制度の根幹から、裁判所が実務上どのように判断しているのか、そして遺産分割協議や調停で主張するために何が必要かまで専門的な知見に基づき、徹底的に解説いたします。(なお、被相続人の財産維持・増加に貢献した相続人が考慮される「寄与分」については、別の機会に詳しく解説いたします。)
「特別受益」の法的基礎 — 民法903条の趣旨と目的
特別受益制度の根幹をなすのは、民法第903条の規定です。この条文を理解することが、制度全体の理解の第一歩となります。
1. 民法903条の条文と趣旨
(特別受益者の相続分) 第九百三条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
この条文は、特定の相続人が被相続人から受けた遺贈や一定の生前贈与を「相続分の前渡し」と捉え、その価額を相続財産の計算に含める(これを「持戻し」といいます)ことで、相続人間の実質的な公平を図ることを目的としています。もしこの制度がなければ、生前に多くの財産を受け取った相続人が、残った遺産についても他の相続人と同等の権利を主張できることになり、著しい不公平が生じてしまうからです。
2. 対象となる「人」と「行為」
【具体例で分析】何が「特別受益」にあたるのか?
「生計の資本としての贈与」に該当するか否かは、個別の事情、特に被相続人の資産状況や社会的地位、他の相続人とのバランスなどを考慮して判断されます。裁判実務においても様々な議論があり、時代と共にその判断基準も変化しています。
1. 特別受益に該当する可能性が高い贈与
以下は、多くの裁判例で特別受益と認定されてきた典型的な贈与です。
2. 特別受益に該当しない可能性が高いもの
3. 【重要】生命保険金・死亡退職金の扱い
【計算方法の解説】「持戻し計算」の具体的なステップ
特別受益が認められた場合、その価額を相続財産に「持ち戻して」各相続人の具体的な相続分を計算します。この計算プロセスを理解することが、制度活用の鍵となります。
1. 計算の基本となる「みなし相続財産」
まず、被相続人が亡くなった時点での現実の遺産総額に、特別受益の価額を加算します。この計算上の財産を「みなし相続財産」と呼びます。
みなし相続財産 = 相続開始時の遺産額 + 特別受益の価額
2. 各相続人の「一応の相続分」の算出
次に、上記で算出した「みなし相続財産」を基準に、各相続人の法定相続分を乗じて、それぞれの「一応の相続分」を計算します。
一応の相続分 = みなし相続財産 × 各相続人の法定相続分
3. 各相続人の「具体的相続分」の確定
最後に、各相続人の「一応の相続分」から、それぞれが受けた特別受益や遺贈の価額を差し引きます。これにより、最終的に取得すべき「具体的相続分」が確定します。
【計算例】
(1) みなし相続財産を計算する
6,000万円(遺産) + 1,000万円(特別受益) = 7,000万円
(2)各相続人の一応の相続分を計算する
・長男:7,000万円 × 1/2 = 3,500万円
・次男:7,000万円 × 1/2 = 3,500万円
(3) 各相続人の具体的相続分を確定する
・長男:3,500万円(一応の相続分) - 1,000万円(特別受益) = 2,500万円
・次男:3,500万円(一応の相続分) - 0円 = 3,500万円
4. 特別受益が相続分を超える場合
もし、上記の例で長男が4,000万円の特別受益を受けていた場合、一応の相続分である3,500万円を超えてしまいます。この場合、長男は超過した500万円を遺産に返還する必要はありません。ただし、長男の具体的相続分は0円となり、現実の遺産6,000万円からは何も取得できないことになります。
特別受益の計算にあたっては、さらにいくつかの専門的な論点が存在します。これらは遺産分割協議や調停においてしばしば争点となります。
1. 評価の基準時 ― 「相続開始時」が原則
特別受益財産の評価額をいつの時点で判断するかは、極めて重要な問題です。判例・実務では、贈与時ではなく、「相続開始時(=被相続人が亡くなった時)」の価額で評価するのが原則とされています。
例えば、20年前に1,000万円で贈与された土地が、相続開始時には3,000万円に値上がりしていた場合、持戻し計算で加算されるのは3,000万円です。これは、相続人間の公平を最終的な財産分配の時点で確保するという制度趣旨に基づいています。
2. いつの贈与まで遡れるか ― 原則として期間制限なし
特別受益の持戻し計算には、原則として期間の制限がありません。たとえ30年前、40年前の贈与であっても、「生計の資本」としての性質が認められ、立証が可能であれば、持戻しの対象となり得ます。 これは、遺留分侵害額請求の計算対象となる贈与に期間制限がある(相続人への贈与は原則10年以内など)ことと大きく異なる点であり、しばしば誤解が生じるポイントなので注意が必要です。
3. 持戻しの免除 ― 被相続人の意思の尊重
被相続人が、特定の贈与について「相続分とは別枠で与えたい」と考え、持戻しをしないよう意思表示をしていた場合、その意思が尊重されます。これを「持戻し免除の意思表示」といいます。
特別受益の存在は、遺産分割協議や調停・審判において、その主張をする相続人が立証しなければなりません。
1. 立証責任
「兄は特別受益を受けているはずだ」と主張する側が、①いつ、②どのような財産が、③いくら贈与されたのか、という事実を客観的な証拠に基づいて証明する必要があります。単に「援助してもらっていたはずだ」というだけでは、法的な主張として認められません。
2. 必要となる証拠
特別受益の存在を立証するためには、以下のような客観的な資料が重要となります。
過去の贈与であるほど証拠の収集は困難になります。被相続人の預金の取引履歴に関しては,保管されている期間分(金融機関ごとに異なりますが概ね10年間分)であれば,金融機関に取引履歴を開示請求することにより調査することが可能です。
3. 手続きの流れ
まずは相続人間の遺産分割協議において特別受益の事実を指摘し、それを考慮した分割案を提示します。ここで合意に至らない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てます。調停では、調停委員が間に入り、各当事者の主張と提出された証拠を基に、公平な解決案を探ります。それでも合意できない場合は、審判手続きに移行し、最終的には裁判官が特別受益の有無や価額を含め、具体的な分割方法を決定します。
特別受益の問題は、過去の事実認定、財産の評価、そして法律の専門的な解釈が複雑に絡み合う、相続の中でも特に紛争性の高い分野です。当事者間での話し合いは感情的な対立を招きやすく、一度関係がこじれてしまうと、解決までに長い時間と多大な精神的負担を要することになります。
「これって特別受益にあたるのだろうか?」「どうやって証明すればいいのか分からない」
もし、あなたが相続の過程でこのような不公平感や疑問を抱かれたなら、一人で悩まず、できるだけ早い段階で法律の専門家にご相談ください。
福永法律事務所は、門前仲町に拠点を置き、江東区(木場、東陽町、清澄白河など)、中央区、江戸川区をはじめとする地域の皆様の相続問題に真摯に向き合っています。門前仲町の弁護士として、裁判官の論文や最新の裁判例を常に分析し、あなたの状況に即した最善の法的戦略をご提案いたします。初回のご相談は無料でお受けしておりますので、まずはお気軽にご連絡ください。
大切な方が亡くなられた後、ご遺族には悲しみと同時に、様々な手続きや問題が降りかかってきます。特に、遺産分割は、相続人同士の意見がまとまらず、ご家族の関係に深い溝を作ってしまうことがあります。
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